pulsejetの記事に続き、それと似た、ダクトと燃焼室だけで出来たエンジン、ramjetのお題。後述するが、レシプロエンジン航空機の冷却系統に工夫としてこれが用いられたり、長射程のミサイルに適用例が有る。これで、そういったものの設計ができるようになる(かもしれない。あと、ミサイルは作らないでおきましょう。)
記事を通して言いたいこと(結論)
例によって、冒頭で述べておく。
- 必要最低限の現象を包含したラムジェットエンジンの計算モデルを作成した。そして、定性的に妥当な挙動を示している。
モデル化対象(とその周辺について)
ram jet
下図から判る通り、ramjetエンジンは、ダクト(管)と燃焼室だけからなるシンプルなジェットエンジンだ。ファン、圧縮機、タービンといった燃焼器前後の回転機械が無い点が、一般的なジェットエンジンと大きく異なる最大の特徴だ。この構成はこの記事で扱ったpulsejetエンジンともよく似ているが、開閉するドアも無く、更にシンプルな造りとなっている。
どのような動作原理となっているかについて、簡単にだけ触れるが、実は熱力学敵にはターボジェットエンジンと同じであり、ブレトンサイクルで仕事をする熱機関だ。圧縮機の代わりに、飛行速度によって生じるエンジン流入空気の速度がインテイクで圧力に換わり(ram圧縮)、外気よりも高圧の空気を燃焼室に供給する。そして、燃焼によりエンタルピが増したガスを排気ノズルで膨張・高速噴出させる事で推力を発生させる。燃焼器と排気ノズルの間のタービンは駆動する圧縮機が無いので不要となる。
ここまでの簡単な説明で感づいた方もいるだろう。そう、飛行する事が生むエンジン流入空気の速度が圧縮の駆動力を果たしているのだから、このエンジンは高速で飛行している時でないと作動出来ない。静止状態ではエンジンへの空気の流れを生めないので作動しないし、低速域では作動できてもram圧縮が小さく、ノズルの推力がram dragを上回れず正味推力は負となってしまうだろう。従ってramjetのみを発動機として搭載した実用有人航空機は無く、長射程ミサイルの発動機位にしか採用例は無い。ミサイルなら空中発射されるか、ロケットモーターで初期加速を与えれば低速域の作動の問題は気にしなくて良いからだ。
ramjetについて更に詳しく学びたい方向けにwikipediaの解説ページを、ジェットエンジンやブレトンサイクルについて学びたい方向けにジェットエンジン工学の書籍を紹介しておく。
[Kindle版] Fundamentals of Jet Propulsion with Applications (Cambridge Aerospace Series Book 17) (English Edition)
[紙書籍版] Fundamentals of Jet Propulsion with Applications South Asian Edition [Paperback] [Jan 01, 2011] Flack
P-51戦闘機の冷却システム:Meredith effect
前項で、”ramjetのみを発動機として”搭載した実用有人航空機は無いと述べたが、発動機としての利用ではなく、この動作原理を巧く利用したシステムは存在する。WW2の傑作戦闘機P-51Dのエンジン冷却システムだ。
モンモデル 1/48 ノースアメリカン P-51D マスタング イエローノーズ プラモデル MLS009
ドイツレベル 1/32 アメリカ陸軍 航空隊 P-51D ムスタング プラモデル 03944
自動車でも同様だが、液冷レシプロエンジンでは冷却液がエンジンのシリンダから渡された熱をさらに外部に捨てなければならず、ラジエータが必要となる。ラジエータには外気を通過させる必要が有り、誘導流路内の圧力損失や、高速流入空気を”せき止める”ことによるram dragにより必ず機体にとっては抵抗源となる。しかしP-51Dの冷却システムは、高速飛行時に推力を発生させており、ここにramjetの動作原理が利用されている。(といっても、本システム自体が生む抵抗や重量増などを相殺する程度なのだとは思うが。)
下図がP-51Dの冷却システムのうち、冷却空気の流れを示したものだ。2つに分岐しているのはエンジンシリンダ冷却液のクーラと潤滑油のクーラーに分かれているだけなので気にしなくて良い。冷却空気はインテイクで減速・ram圧縮される。その圧縮空気はクーラで冷却液/オイルから熱を受け取ることでエンタルピが上昇する。そして、クーラ後から出口が排気ノズルになっており、圧縮空気が外気の圧力まで膨張する際にエンタルピが流速に変換され、推力を発生する。つまり、それまでは熱を外気に捨てていただけだった所を、その熱を流速に変換するように細工した訳だ。人名を取ってMeredith Effectと呼ばれているようだが、動作は熱源が燃焼から熱交換器に変わったramjetであり、熱サイクルはブレトンサイクルそのものだ。
Meredith Effectについて、より詳しく知りたい方は、Wikipedia記事のリンクを付けておくので参照頂きたい(英語記事しかないが)。
Meredith effect wikipediaページ(英語)
また、レシプロエンジンについて詳しく知りたい方向けに専門書を紹介しておく。
下の書は、熱サイクルやピストン・シリンダ周りだけでなく、冷却システムについても記述が有り、参考になる。(Meredith Effect自体についての解説は無いが。)
[Kindle版] Engineering Fundamentals of the Internal Combustion Engine: Pearson New International Edition (English Edition)
シミュレーションモデル
- モデルのフルパス: PropulsionSystem.Examples.Engines.DesignPoint.Ramjet_ex01
- githubのライブラリページリンク
Diagram
今回作成したモデルのdiagramを下図に示す。
Design Pointの計算を行うモデル(定格点を決める検討に使うモデル)で、寸法情報は与えず、吸込み空気の質量流量をinputとして与えている。そのため、燃焼器出口ガス温度を変化させてエンジンの作動状態を変えても吸込み流量は変化しないモデルである。ramjetモデル第一弾なので、先ずは最もシンプルな構成のモデルとした。
モデル情報
シミュレーション実行
- 飛行マッハ数: Flt2Fluid.AltMN2pTh.MN
- 燃焼器出口ガス温度
- 排気ノズル推力, ram drag, 正味推力
- 排気ノズル圧力比
- 排気ノズル推力 vs. 燃焼器出口ガス温度
- 排気ノズル推力 vs. 飛行マッハ数
- 排気流速 vs. 燃焼器出口ガス温度
- 排気流速 vs. 排気ノズル圧力比
- h-sダイアグラム
Input
時刻10 [s] まで0.9で飛行し、10-20 [s] の間に0.4まで減速させる。高速飛行下でのみ推力発生装置として有用であり、低速下ではエンジンが作動しても正の正味推力を得られない事を確認する事を意図している。
時刻30 [s] までは、1400 [K]、30-40 [s] の間に1600 [K] まで増加させる。Turbojet, Turbofan同様に燃焼器出口ガス温度(投入熱量)を増すと推力を増大させられること、しかしその効きは飛行速度の推力への効きに対しては格段に小さいことを確認することを意図している。
Variables
減速を開始するまでは排気ノズル推力(赤)がram drag(青)を大幅に上回り、正味推力(緑)が正値となる。しかし減速すると、排気ノズル推力は減少し、その勢いはram dragの現象より急であり、20 [s] 時点ではram dragの方が大きく、正味推力は負となっている。
一方で、30-40 [s] で燃焼器出口ガス温度を上げたが、予想通り推力への効果は、飛行マッハ数の効きに対して格段に低い。下図のPlotレンジでは一見だと増加しているのが判らない程度の増加であり、ram dragに打ち勝って正味推力を正値にするに至っていない。
10-20 [s] の飛行マッハ数減少に伴って、比例ではないが減少している。そして、飛行マッハ数0.4の時、圧力比が殆ど1となってしまっていることも判る。
燃焼器出口ガス温度のノズル推力への効果をもう少し詳しく示す。200 [K] もの変化に対して、推力増加は数十 [N] 程度しかない。
排気ノズル推力と飛行マッハ数の関係も少し詳しく観ておく。Plotのレンジから判る通り、マッハ数0.5の変化に対して5000 [N] もの推力増加となっている。これらを観るとramjetが高速飛行時にしか推力発生装置として機能しない事が頷ける。
因みに、カーブが2本有るのは、2つの燃焼器出口ガス温度に於けるものをplotしてしまったため。ここから新たに読み取れる事が有り、飛行マッハ数が増すに従ってカーブが”開いて”いる。この事から、燃焼器ガス温度増加の推力への効きは高速飛行条件下では格段に大きくなる事が判る。詳しくは触れないが、これはturbojetやturbofanなどのガスタービン系熱機関で、燃焼器に空気を送り込む圧縮機の圧力比を大きくしたいことにも繋がる話だ。
排気ノズル推力 vs. 燃焼器出口ガス温度、を少し見方を変えてみる。排気ガスの定圧比熱を約1000 [J/(kg*K)] と概算すると、排気ノズルに流入するガスの比エンタルピは200*1000 [J/kg] も増加しているのに、流速は10 [m/s] も増加しておらず、変換されたのはごく僅かだ。これはつまり、増加させた投入熱量は殆ど推進器のpowerとして取り出されず、ただ排気の温度を上げてしまっているだけであることを示している。
排気ノズル推力 vs. 飛行マッハ数も少し異なる見方で観ておこう。横軸に排気ノズルの圧力比を置く。
燃焼器で投入される熱量が同じでも、圧力比が0.5増加するだけで排気流速は500 [m/s] もの増加を果たしている。これは熱機関で如何にpowerを取り出せるかは、如何に”膨張”を大きくするかに掛っているかを物語る。流体が外部に仕事を行う(=powerを生む)とき、仕事を決めるのは圧力と体積の軌跡であり、どのような熱機関であっても基本的にこれは変わらない。
参考に、比エンタルピ-比エントロピダイアグラム(h-s線図)を観ておく。ただし、熱サイクルについての丁寧な解説行わないので、詳しくは上で紹介した文献を参照するなどされたい。
流体から仕事を取り出す/に仕事を行うには、前述の通り、等圧線から等圧線への移動が必要となる。この図では圧力が外気圧と燃焼器内圧力の2つだけ(厳密には途中に圧力損失を入れているのでもう少し複雑な経路は通るが。)なのだが、左の断熱圧縮でのhの登りと、右の断熱膨張での降りが全く異なる事が目につくだろう。これは等圧線のカーブが、圧力が高い程急な登りになっていることによるもので、ブレトンサイクルを用いた熱機関はこのΔhの差を自由に使えるpowerとして取り出す機械だ。なので、ガスタービン系の機関では基本的に、燃焼(熱量投入)前の空気圧力は極力高められることが求められ、圧縮前の空気圧力は出来るだけ低エントロピである(=同じ圧力で温度が低い)事が好まれる。
後書き・まとめ
最初に述べた事を繰り返し述べることとなるが、必要最低限の現象を包含したラムジェットエンジンの計算モデルを作成した。そして、定性的に妥当な挙動を示している。
今後、本モデルを用いて、実在するramjetエンジンや、P-51D冷却システムの再現モデルを作成したい。また、熱サイクルについて特出しでシミュレーションと共に解説する記事を立てられればとも思う。
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